昨日は母親とひさしぶりに電話で話した日でした。
一方的に話を聞かされて、
衝動的にうんざりしていたんだと思います。
昨日は会話が終わった直後の
テンションで日記を書いていました。
少し考えて、というか、
頭を冷やしてから日記を書けばよかったのに。
具体的な目標とかが、あいまいになったり
もしくは、なくなってしまうと
それだけ日頃の日常に埋没しやすくなってしまう、
というのはあると思います。
僕らの親世代の人たちが、
何か目標を持ってどうのこうのって
僕らの世代に比べたら、あったとしても
大分穏やかだと思うし、
ぶっちゃけ、そういうのはなくても
小さな生活の中に
ささやかな幸せ、というか、生きがいを
見出して日々を過ごしている人も
いるんだろうなあ、と思ったり。
僕は、親戚付き合いや近所付き合い、とか
そういうことは大事なことでない、
と言ってるわけじゃないんです。
そのことが頭の大半を占めて、
他のことにまるで目が行かなくなったり、
考えられなくなるっていうことに対して
「そういうのって、果たしてどうなんだろうな」
って、言いたかっただけなんです。
昨日の僕は、母親との会話の中で
自分の将来に対する考え方や価値観が
まるで、否定されたような錯覚に陥って
勘違いしてしまったんでしょうね。
昨日の日記を読んで
不快な思いをされた方がおりましたら
すいませんでした。
一方的に話を聞かされて、
衝動的にうんざりしていたんだと思います。
昨日は会話が終わった直後の
テンションで日記を書いていました。
少し考えて、というか、
頭を冷やしてから日記を書けばよかったのに。
具体的な目標とかが、あいまいになったり
もしくは、なくなってしまうと
それだけ日頃の日常に埋没しやすくなってしまう、
というのはあると思います。
僕らの親世代の人たちが、
何か目標を持ってどうのこうのって
僕らの世代に比べたら、あったとしても
大分穏やかだと思うし、
ぶっちゃけ、そういうのはなくても
小さな生活の中に
ささやかな幸せ、というか、生きがいを
見出して日々を過ごしている人も
いるんだろうなあ、と思ったり。
僕は、親戚付き合いや近所付き合い、とか
そういうことは大事なことでない、
と言ってるわけじゃないんです。
そのことが頭の大半を占めて、
他のことにまるで目が行かなくなったり、
考えられなくなるっていうことに対して
「そういうのって、果たしてどうなんだろうな」
って、言いたかっただけなんです。
昨日の僕は、母親との会話の中で
自分の将来に対する考え方や価値観が
まるで、否定されたような錯覚に陥って
勘違いしてしまったんでしょうね。
昨日の日記を読んで
不快な思いをされた方がおりましたら
すいませんでした。
無責任な考え
2006年7月18日親との会話に辟易とすることがある。
近所付き合いがどうだこうだ、とか
親戚付き合いがどうだこうだ、とか
話すことといえば、そんなことばっかり。
はたして言っていいことかどうか、わからないですが
そんなことばかりにあくせくしている
親をみていると、なんか情けなくなってくる。
自分はこうはなりたくない。
そりゃまあ、親とは立場も違うし、
見えていることも、できることも全然違うから
それは、仕方ないんでしょうけど。
世代が違うから、こう考えるのか、それとも
僕がただ未熟なだけなのか。
極めて狭い世界でやりくりしていくだけの生活、
なんて考えられなくて、やっぱり野望というか
広い世界でのし上がっていくことを考えてしまう。
こういう風にしか考えられない
僕はやっぱり未熟者なんでしょうね。
近所付き合いがどうだこうだ、とか
親戚付き合いがどうだこうだ、とか
話すことといえば、そんなことばっかり。
はたして言っていいことかどうか、わからないですが
そんなことばかりにあくせくしている
親をみていると、なんか情けなくなってくる。
自分はこうはなりたくない。
そりゃまあ、親とは立場も違うし、
見えていることも、できることも全然違うから
それは、仕方ないんでしょうけど。
世代が違うから、こう考えるのか、それとも
僕がただ未熟なだけなのか。
極めて狭い世界でやりくりしていくだけの生活、
なんて考えられなくて、やっぱり野望というか
広い世界でのし上がっていくことを考えてしまう。
こういう風にしか考えられない
僕はやっぱり未熟者なんでしょうね。
雨雨雨雨雨雨雨
2006年7月18日ここしばらく関東では、ひっどい天気が続いています。
こんなに雨ばかり降られると、
原付で外出てもぬれるし、
なんか、気分も晴れないし、なんか嫌ですよね。
早く太陽が顔を出しますように。
こんなに雨ばかり降られると、
原付で外出てもぬれるし、
なんか、気分も晴れないし、なんか嫌ですよね。
早く太陽が顔を出しますように。
国と音楽の関係性
2006年7月17日
夜眠れないと、ギターを触ってしまう。
でも、単調な夜が楽しくなる。
夕べはカナダのミュージシャンである
ブライアン・アダムスの曲を弾いていました。
スコアがない…ので、耳コピー。
ブライアン・アダムスは
カナディアンロックの大御所的存在で、黄金時代である
80年代の爽快なニューウエーブな曲調が特徴です。
80年代にデビューしたからっていうのもあるんですが。
「タイタニック」のテーマソングを歌った
セリーヌ・ディオン、や、アラニス・モリセット、
俳優のマイケル・J・フォックスなんかもカナダ出身ですね。
音楽って、どこかその国の様子というか
雰囲気が反映されてしまうから不思議です。
あくまで個人的なイメージでしかないのですが
カナダっていう国はすぐ下にある、アメリカの「病的」
な部分の影響をあまり受けていないように思えます。
今の話と関係あるかどうかはわからないのですが
カナダの医療制度って、ホームドクター制度というのがあって
医療費がタダらしいですね。
なので、医療費が国家財政を圧迫している事実もあるんだけど、
良い伝統だから、残そうっていう主張も多いみたいです。
医療費がタダって、すごいなーって思います。
医療費がタダって日本じゃ考えられないことですよね。
でも、単調な夜が楽しくなる。
夕べはカナダのミュージシャンである
ブライアン・アダムスの曲を弾いていました。
スコアがない…ので、耳コピー。
ブライアン・アダムスは
カナディアンロックの大御所的存在で、黄金時代である
80年代の爽快なニューウエーブな曲調が特徴です。
80年代にデビューしたからっていうのもあるんですが。
「タイタニック」のテーマソングを歌った
セリーヌ・ディオン、や、アラニス・モリセット、
俳優のマイケル・J・フォックスなんかもカナダ出身ですね。
音楽って、どこかその国の様子というか
雰囲気が反映されてしまうから不思議です。
あくまで個人的なイメージでしかないのですが
カナダっていう国はすぐ下にある、アメリカの「病的」
な部分の影響をあまり受けていないように思えます。
今の話と関係あるかどうかはわからないのですが
カナダの医療制度って、ホームドクター制度というのがあって
医療費がタダらしいですね。
なので、医療費が国家財政を圧迫している事実もあるんだけど、
良い伝統だから、残そうっていう主張も多いみたいです。
医療費がタダって、すごいなーって思います。
医療費がタダって日本じゃ考えられないことですよね。
一時的な判断で決め付けることはなんて愚かしいことなんだろう
2006年7月17日僕は、仮面当時、自分の大学と学部が
とてもとても嫌で、仕方がありませんでした。
部分的に判断しただけで、
そのように思っていたのです。
これはかつて、僕の犯した過ちでもあります。
でも紆余曲折を経て、そのような考えも改まっていきました。
僕のこの例に限らず、部分的に
何か嫌なことがあったとしても
何かを、そして誰かを、
全面的に、継続的に否定することは、
やはり間違っていると思うのです。
一時的にそう判断したことを、この先もずっと
そのようなものだとみなして、決め付けてしまう。
こんなのは、やはり、間違っている気がします。
人に対してもそうだと思います。
1年や2年で、1人の人のことを理解するなんて
果たしてできることなのでしょうか。
誰かの嫌な面が目に付いて、
その人に嫌なイメージを
持ってしまうことはあると思います。
でも、その人の嫌な面が目に付いたとしても、
それが、その人の全て、
というわけではないと思います。
何かの偶然で、たまたまその人の嫌な面が
目に付いてしまったのかもしれない。
成り行きで仕方が無く、その人はそのように
振舞ってしまったのかもしれない。
その人は自分のそういった面を自分で自覚していて
直そうと努力しているのかもしれない。
それ以前に、自分の態度が、
相手のそういう反応を招いてしまったのかもしれない。
人と人との営みには、
色々な可能性や側面があるわけで、
人間は、瞬間や、その人の一面だけで
判断できるものではないと思います。
そして、時間が経っていけば、人は変わっていくものです。
とはいえ、人と人が分かり合おうとすることは、
とても苦しく辛いものです。
自分とも向き合いながら、
相手を認めていかなくてはいけない。
世の中の誤解やすれ違いは
そういった過程をうまくこなしていくことができずに、
そのままになってしまっていることが
多いのではないでしょうか。
自分が誤った考えを持っていても、それが
正されていく過程は決して平坦ではないし、
人と人がわかりあうことも
とても難しいんだな、と思います。
お互いに、何かわだかまりを抱えてしまっても
誤解やすれ違いをなくして
歩み寄れることを願っている人は数多くいることでしょう。
とてもとても嫌で、仕方がありませんでした。
部分的に判断しただけで、
そのように思っていたのです。
これはかつて、僕の犯した過ちでもあります。
でも紆余曲折を経て、そのような考えも改まっていきました。
僕のこの例に限らず、部分的に
何か嫌なことがあったとしても
何かを、そして誰かを、
全面的に、継続的に否定することは、
やはり間違っていると思うのです。
一時的にそう判断したことを、この先もずっと
そのようなものだとみなして、決め付けてしまう。
こんなのは、やはり、間違っている気がします。
人に対してもそうだと思います。
1年や2年で、1人の人のことを理解するなんて
果たしてできることなのでしょうか。
誰かの嫌な面が目に付いて、
その人に嫌なイメージを
持ってしまうことはあると思います。
でも、その人の嫌な面が目に付いたとしても、
それが、その人の全て、
というわけではないと思います。
何かの偶然で、たまたまその人の嫌な面が
目に付いてしまったのかもしれない。
成り行きで仕方が無く、その人はそのように
振舞ってしまったのかもしれない。
その人は自分のそういった面を自分で自覚していて
直そうと努力しているのかもしれない。
それ以前に、自分の態度が、
相手のそういう反応を招いてしまったのかもしれない。
人と人との営みには、
色々な可能性や側面があるわけで、
人間は、瞬間や、その人の一面だけで
判断できるものではないと思います。
そして、時間が経っていけば、人は変わっていくものです。
とはいえ、人と人が分かり合おうとすることは、
とても苦しく辛いものです。
自分とも向き合いながら、
相手を認めていかなくてはいけない。
世の中の誤解やすれ違いは
そういった過程をうまくこなしていくことができずに、
そのままになってしまっていることが
多いのではないでしょうか。
自分が誤った考えを持っていても、それが
正されていく過程は決して平坦ではないし、
人と人がわかりあうことも
とても難しいんだな、と思います。
お互いに、何かわだかまりを抱えてしまっても
誤解やすれ違いをなくして
歩み寄れることを願っている人は数多くいることでしょう。
医療系の学部って?
2006年7月16日医大に行っている友達から、
そこでの様子を聞くことがあります。
彼女の話を聞いて思うのは
医療系の学部って、すごく特殊なんだな〜ってことです。
学部の勉強が、そのまま就職に結びつき、
学部の勉強をそのまま生かすことができる。
医療系の学部には他の学部には、およそないような
特徴を備えているんだな、と思います。
僕は、医療系の学部の雰囲気を実感として
知っているわけではありません。
また、医療系の学部を志望しているわけでもなく、
ましてや医療系の学部にいるわけでもないのだから、
そこでのことを、僕があれこれ言うのは、
筋違いかなあ、という気もします。
でも思ったことを少し言わせてください。
医療系の学部って使命感を持って、
勉強している人が多いと聞きます。
一般の学部で、使命感を持って勉強している人なんて
あんまりいないかもしれません(笑)
使命感を持って、しかも、人の命や精神に関わることを
勉強するのですから、他の学部よりも
すごく、厳しいところはあるのだと思います。
他の学部のようにおおらかな、
個人主義が許されるようなわけでなく、
極限の状況の中、常にほかの人たちとの連携を要求される。
だからこそ、意見や価値観の食い違いで
衝突することもあったりするのでしょうけど
それでも、互いに切磋琢磨し、苦しみなどを分かち合って
連帯を強めていくことの大切さを
学ぶこともできるんでしょうね。
医学部はなんか、
別格とされているみたいですけど
学部に優劣なんてないと思います。
それぞれの色んな学部には、色んな世界があって、
それぞれの役割を果たしているのですから、
違いが出てくるのは、それは当然のことだと思います。
そこでの様子を聞くことがあります。
彼女の話を聞いて思うのは
医療系の学部って、すごく特殊なんだな〜ってことです。
学部の勉強が、そのまま就職に結びつき、
学部の勉強をそのまま生かすことができる。
医療系の学部には他の学部には、およそないような
特徴を備えているんだな、と思います。
僕は、医療系の学部の雰囲気を実感として
知っているわけではありません。
また、医療系の学部を志望しているわけでもなく、
ましてや医療系の学部にいるわけでもないのだから、
そこでのことを、僕があれこれ言うのは、
筋違いかなあ、という気もします。
でも思ったことを少し言わせてください。
医療系の学部って使命感を持って、
勉強している人が多いと聞きます。
一般の学部で、使命感を持って勉強している人なんて
あんまりいないかもしれません(笑)
使命感を持って、しかも、人の命や精神に関わることを
勉強するのですから、他の学部よりも
すごく、厳しいところはあるのだと思います。
他の学部のようにおおらかな、
個人主義が許されるようなわけでなく、
極限の状況の中、常にほかの人たちとの連携を要求される。
だからこそ、意見や価値観の食い違いで
衝突することもあったりするのでしょうけど
それでも、互いに切磋琢磨し、苦しみなどを分かち合って
連帯を強めていくことの大切さを
学ぶこともできるんでしょうね。
医学部はなんか、
別格とされているみたいですけど
学部に優劣なんてないと思います。
それぞれの色んな学部には、色んな世界があって、
それぞれの役割を果たしているのですから、
違いが出てくるのは、それは当然のことだと思います。
カレーをむしゃむしゃ
2006年7月15日コメント (2)1人暮らしで、カレーといえば、
立派なイベントなんです(笑)
でっかい鍋でカレーを煮込んで、ぐつぐつぐつぐつ。。
なんかカレーを作っていると、
ドキドキ、ワクワクしてきます。
作るのも全然難しくなくて、簡単に出来ておいしい。
カレーはついついたくさん作ってしまうので
友達も呼んで、カレーをむしゃむしゃ
、ビールをグイグイグイ。
ぷはーっ!!うまい!!
夏はカレーの季節です。
カレーを食べて、夏バテを防ぎましょう!
立派なイベントなんです(笑)
でっかい鍋でカレーを煮込んで、ぐつぐつぐつぐつ。。
なんかカレーを作っていると、
ドキドキ、ワクワクしてきます。
作るのも全然難しくなくて、簡単に出来ておいしい。
カレーはついついたくさん作ってしまうので
友達も呼んで、カレーをむしゃむしゃ
、ビールをグイグイグイ。
ぷはーっ!!うまい!!
夏はカレーの季節です。
カレーを食べて、夏バテを防ぎましょう!
ダメダメ家庭教師
2006年7月15日そろそろ学校とかでは夏休みが始まるんでしょうか。
家庭教師としては、ありがたいときです。
たくさん仕事が来てくれます。
えー、、告白してしまうと、
小学生の夏休みの宿題を
代わりにやっていたこととかあります。
宿題を溜めこんだ時の辛さとかわかるんですよ(汗)
そんなのは、小学生にしてみれば、人生終わったような
感じになっちゃうもんです。
そんなのは見るに忍びないわけで。。
夏休みの日記のネタを考えたりもしました。
生徒さんからは感謝感謝てな感じです。
「先生ありがとうー!!」
と、生徒さんに喜んでもらえるのは、ほんと嬉しいです。
…授業を途中で切り上げて一緒にゲーセンに行って
ゾンビをパキューンキューンと撃ってたりとか
カーレースなんてやっていたりとか、
そんなことをしていたりもしていました(爆)
あ、でも、でも、最終的にはちゃんと面倒見て
テスト対策のほうもなんとかするんで
お縄にかけられることはないんですが(汗)
ご家族のみなさんも神様です。
夕ゴハンをご一緒させていただくこともあり
本当に助かっています。
家族の団欒っていいな…
本当にそう思います。
家族の団欒なんて、もう長年経験していませんが
無邪気に団欒を楽しんでいた昔がとっても懐かしくなります。
家庭教師としては、ありがたいときです。
たくさん仕事が来てくれます。
えー、、告白してしまうと、
小学生の夏休みの宿題を
代わりにやっていたこととかあります。
宿題を溜めこんだ時の辛さとかわかるんですよ(汗)
そんなのは、小学生にしてみれば、人生終わったような
感じになっちゃうもんです。
そんなのは見るに忍びないわけで。。
夏休みの日記のネタを考えたりもしました。
生徒さんからは感謝感謝てな感じです。
「先生ありがとうー!!」
と、生徒さんに喜んでもらえるのは、ほんと嬉しいです。
…授業を途中で切り上げて一緒にゲーセンに行って
ゾンビをパキューンキューンと撃ってたりとか
カーレースなんてやっていたりとか、
そんなことをしていたりもしていました(爆)
あ、でも、でも、最終的にはちゃんと面倒見て
テスト対策のほうもなんとかするんで
お縄にかけられることはないんですが(汗)
ご家族のみなさんも神様です。
夕ゴハンをご一緒させていただくこともあり
本当に助かっています。
家族の団欒っていいな…
本当にそう思います。
家族の団欒なんて、もう長年経験していませんが
無邪気に団欒を楽しんでいた昔がとっても懐かしくなります。
卒業論文?
2006年7月14日僕の書いた卒論のテーマは
「アドルフ・ヒトラーがユダヤ人を憎む理由」です。
テーマの性質上、完全な正解は得られないテーマです。
ヒトラーは過去の人物であって、
僕はヒトラーと面識があるわけではないし
ヒトラーの一生を見届けたわけでもない。
それでも、現存するヒトラーの演説や手記から、
紐解いていき、可能な限りで分析しようと試みました。
資料を集めるために、大学の図書館や、国会図書館、
amazonにいたるまで、様々なところを探し回っていました。
先行研究の論文を読んだり、研究書を読んだり、
ヒトラーの伝記を読んだり、映画を観たり、とにかく
色んな角度から、ヒトラーを分析しました。
卒論に使った資料とか本って、なんか戦友というか
1つの思い出のような気がして、手放せません(笑)
卒論作業を通して、思ったり考えたりしたことは
すごく多かったです。卒論作業がしんどかったとか
そういうのとは別に、色々とあります。
僕の卒論のテーマは、
完全な正解は得られないものである
とさきほど言いましたが、それはそうです。
「ユダヤ人が憎い」というような問題は
突き詰めると、抽象的な人間心理という問題
になってくるわけですから。
人間心理を論理的にとか、客観的に分析しようだなんて、
どう考えても限界があります。
テーマとしては、一見とっつきやすそうで
ありふれたようにみえるテーマなのですが
いざ取り組んでみると、かなり難しかったです。
様々な資料やデータから、信憑性のある可能性を導き出し、
自分なりの結論で締めくくるしか方法が無いわけです。
卒論作業を進めていく上で、
人間が生きていくうえで、生涯考えて行かねばならない
問題にたくさん突き当たったような気がします。
状況に流されて自分を見失ってしまう人間の心の脆さ、
自己のアイデンティティを保つために
どこかで、犠牲を作り出さねば、
気がすまない、人間の奥底に潜む醜い感情。
自分さえよければ、他者がどうなろうと、
おかまいなしのエゴイズム。
身近な範囲でも、こういった
問題に直面することはあると思います。
そういう時、良心と欲望のジレンマに陥り
苦悩するわけですね。
でも、ヒトラーの場合、そういった感情を
自分の中だけに押し止めていられなかったわけです。
ヒトラーの独善的で独りよがりな感情だとか、価値観が
社会に迎合され、結果的に民族の
英雄にまで押し上げられてしまったわけですね。
第2次世界大戦や、ホロコーストという惨劇は
ヒトラー個人の責任というわけではなかった気がします。
卒論作業で読んだ、とある本に、
ヒトラーを以下のように例えていた描写がりました。
「ヒトラーはプロメテウスとルシファーの合成獣である」
なんとも、的を突いた描写だな、と思いました。
人の心は脆く、揺れ動きやすいものであり、
だからこそ正しい軌道から逸れないように
己を保つようにするのはすごく難しいものだな、
と思います。
自分が、何かよからぬことを考えた時、
立ち止まって、自分を疑ってみたりとか、
そういうのって大事なことなんだなって思います。
「アドルフ・ヒトラーがユダヤ人を憎む理由」です。
テーマの性質上、完全な正解は得られないテーマです。
ヒトラーは過去の人物であって、
僕はヒトラーと面識があるわけではないし
ヒトラーの一生を見届けたわけでもない。
それでも、現存するヒトラーの演説や手記から、
紐解いていき、可能な限りで分析しようと試みました。
資料を集めるために、大学の図書館や、国会図書館、
amazonにいたるまで、様々なところを探し回っていました。
先行研究の論文を読んだり、研究書を読んだり、
ヒトラーの伝記を読んだり、映画を観たり、とにかく
色んな角度から、ヒトラーを分析しました。
卒論に使った資料とか本って、なんか戦友というか
1つの思い出のような気がして、手放せません(笑)
卒論作業を通して、思ったり考えたりしたことは
すごく多かったです。卒論作業がしんどかったとか
そういうのとは別に、色々とあります。
僕の卒論のテーマは、
完全な正解は得られないものである
とさきほど言いましたが、それはそうです。
「ユダヤ人が憎い」というような問題は
突き詰めると、抽象的な人間心理という問題
になってくるわけですから。
人間心理を論理的にとか、客観的に分析しようだなんて、
どう考えても限界があります。
テーマとしては、一見とっつきやすそうで
ありふれたようにみえるテーマなのですが
いざ取り組んでみると、かなり難しかったです。
様々な資料やデータから、信憑性のある可能性を導き出し、
自分なりの結論で締めくくるしか方法が無いわけです。
卒論作業を進めていく上で、
人間が生きていくうえで、生涯考えて行かねばならない
問題にたくさん突き当たったような気がします。
状況に流されて自分を見失ってしまう人間の心の脆さ、
自己のアイデンティティを保つために
どこかで、犠牲を作り出さねば、
気がすまない、人間の奥底に潜む醜い感情。
自分さえよければ、他者がどうなろうと、
おかまいなしのエゴイズム。
身近な範囲でも、こういった
問題に直面することはあると思います。
そういう時、良心と欲望のジレンマに陥り
苦悩するわけですね。
でも、ヒトラーの場合、そういった感情を
自分の中だけに押し止めていられなかったわけです。
ヒトラーの独善的で独りよがりな感情だとか、価値観が
社会に迎合され、結果的に民族の
英雄にまで押し上げられてしまったわけですね。
第2次世界大戦や、ホロコーストという惨劇は
ヒトラー個人の責任というわけではなかった気がします。
卒論作業で読んだ、とある本に、
ヒトラーを以下のように例えていた描写がりました。
「ヒトラーはプロメテウスとルシファーの合成獣である」
なんとも、的を突いた描写だな、と思いました。
人の心は脆く、揺れ動きやすいものであり、
だからこそ正しい軌道から逸れないように
己を保つようにするのはすごく難しいものだな、
と思います。
自分が、何かよからぬことを考えた時、
立ち止まって、自分を疑ってみたりとか、
そういうのって大事なことなんだなって思います。
卒業論文
2006年7月14日家庭教師で英語と古文を教えることがあります。
…と、いうことは、僕も自分でそれなりに
勉強しないといけないのです。
とはいっても仮面してた頃よりは大分、
ちんたらとした勉強ですが。
それに以前の力には到底追いついていないでしょう。
…とはいうものの、それも本当は
よくわからないんですよね。
理由は後ほど。
確かに受験勉強なんて、
大学3年の途中からやっていません。
その代わり、卒論作業が始まり卒論を
書かなくてはいけなくなりました。
仮面を続け、標準的大学生よりも、
大学生としての能力が著しく欠如した僕が
卒論を書くのは、それはそれは大変だったのですよ。
それだけでなく、大学4年になってから、
再再再履修、再々履修 再履修、
まるで取っていない般教の単位も取りつつ、
教授のイビリの嵐が吹き荒れる中、
バイトもやりつつ、バンド活動なんてもやりつつ
そんな中、卒論作業のほうも続けました。
卒論に関しては、なかなか厳しくて
50000字は必要だとか、駄目だったら容赦なく不可にする
とか言われていたんで、なかなかプレッシャーでしたよ(^^
なんていうか、卒論の作業を通して
ワード、エクセルの類が異常に使いこなせるように
なりましたし、それよりも卒論の書き方、
やりかた云々よりも、根性を学んだ気がします。
文系の卒論ですから、ひたすら
文章を書いていくばかりです。
でも卒論作業をやって思ったのは
卒論を書くって潜在的に学力も
上げてくれそうだってことです。
卒論を書くにはひたすら
本を読まなくてはいけない。
結果的に、色んな知識が蓄えられる。
その一冊一冊が、分厚くて、内容も簡単でない。
それを毎日毎日こなす。
卒論って、確実に受験的要素を備えています。
読書量もさることながら
読書によって蓄えられた知識、
筋道立てて文章を書くという卒論の執筆は
英語や国語の力の向上におおいに貢献してくれそうです。
もちろん、本業の受験生がすることではないですけどね(笑)
そんなことしてたら、落ちますよ(汗)
大学4年は卒論、就活、人によっては進学の準備など
とにかく忙しい年となります。
僕の場合、卒論と仮面で落とした単位を取るので
忙しかったわけですが(汗)
そういう理由もあって、自分の学力は
単純に落ちているのかどうか、わかりかねるんですよね。
単純な受験的知識は、そりゃ忘れてるとこは多いんですが(笑)
…と、いうことは、僕も自分でそれなりに
勉強しないといけないのです。
とはいっても仮面してた頃よりは大分、
ちんたらとした勉強ですが。
それに以前の力には到底追いついていないでしょう。
…とはいうものの、それも本当は
よくわからないんですよね。
理由は後ほど。
確かに受験勉強なんて、
大学3年の途中からやっていません。
その代わり、卒論作業が始まり卒論を
書かなくてはいけなくなりました。
仮面を続け、標準的大学生よりも、
大学生としての能力が著しく欠如した僕が
卒論を書くのは、それはそれは大変だったのですよ。
それだけでなく、大学4年になってから、
再再再履修、再々履修 再履修、
まるで取っていない般教の単位も取りつつ、
教授のイビリの嵐が吹き荒れる中、
バイトもやりつつ、バンド活動なんてもやりつつ
そんな中、卒論作業のほうも続けました。
卒論に関しては、なかなか厳しくて
50000字は必要だとか、駄目だったら容赦なく不可にする
とか言われていたんで、なかなかプレッシャーでしたよ(^^
なんていうか、卒論の作業を通して
ワード、エクセルの類が異常に使いこなせるように
なりましたし、それよりも卒論の書き方、
やりかた云々よりも、根性を学んだ気がします。
文系の卒論ですから、ひたすら
文章を書いていくばかりです。
でも卒論作業をやって思ったのは
卒論を書くって潜在的に学力も
上げてくれそうだってことです。
卒論を書くにはひたすら
本を読まなくてはいけない。
結果的に、色んな知識が蓄えられる。
その一冊一冊が、分厚くて、内容も簡単でない。
それを毎日毎日こなす。
卒論って、確実に受験的要素を備えています。
読書量もさることながら
読書によって蓄えられた知識、
筋道立てて文章を書くという卒論の執筆は
英語や国語の力の向上におおいに貢献してくれそうです。
もちろん、本業の受験生がすることではないですけどね(笑)
そんなことしてたら、落ちますよ(汗)
大学4年は卒論、就活、人によっては進学の準備など
とにかく忙しい年となります。
僕の場合、卒論と仮面で落とした単位を取るので
忙しかったわけですが(汗)
そういう理由もあって、自分の学力は
単純に落ちているのかどうか、わかりかねるんですよね。
単純な受験的知識は、そりゃ忘れてるとこは多いんですが(笑)
The Corrs
2006年7月14日
イギリスの隣の国、アイルランドのバンドで、
女性3人、男性1人で構成されるバンドです。
「The Corrs」とは、Corrs一家という意味です。
アイリッシュなフォークとクラシックとポップスを
融合させたような曲を作っていて、日本でも結構有名です。
安らいで落ち着ける曲なども多く
そういうのが好きな人には結構オススメできます。
http://wmg.jp/artist/corrs/
以前、なぜか、松屋でなってるのを聴いたことがあって、
お店の雰囲気にマッチしていなくて
少し驚いたことがあります(意味不明)
寝る前とかに、聴くとリラックスできます。
ところでイギリスとアイルランドって、
すごく仲が悪いです。原因は宗教の違い
(イギリスがプロテスタントでアイルランドはカトリック)
が原因でして、アイルランド紛争は、そこから来ているんですね。
世界のいたるとことろで、こういったことが、
日常茶飯事なんだけど、なんかそういうのって悲しい。
数百年のわだかまりも、いつまでも
解けないままのことはないと思うのです。
イギリスもアイルランドも、
素晴らしい音楽をたくさん生み出しているのに、
こういう影の歴史も持っている。
そして、それぞれお互いにわかりあうことが非常に困難でいる。
こういうのって、なんか皮肉だなあ、と思います。
女性3人、男性1人で構成されるバンドです。
「The Corrs」とは、Corrs一家という意味です。
アイリッシュなフォークとクラシックとポップスを
融合させたような曲を作っていて、日本でも結構有名です。
安らいで落ち着ける曲なども多く
そういうのが好きな人には結構オススメできます。
http://wmg.jp/artist/corrs/
以前、なぜか、松屋でなってるのを聴いたことがあって、
お店の雰囲気にマッチしていなくて
少し驚いたことがあります(意味不明)
寝る前とかに、聴くとリラックスできます。
ところでイギリスとアイルランドって、
すごく仲が悪いです。原因は宗教の違い
(イギリスがプロテスタントでアイルランドはカトリック)
が原因でして、アイルランド紛争は、そこから来ているんですね。
世界のいたるとことろで、こういったことが、
日常茶飯事なんだけど、なんかそういうのって悲しい。
数百年のわだかまりも、いつまでも
解けないままのことはないと思うのです。
イギリスもアイルランドも、
素晴らしい音楽をたくさん生み出しているのに、
こういう影の歴史も持っている。
そして、それぞれお互いにわかりあうことが非常に困難でいる。
こういうのって、なんか皮肉だなあ、と思います。
仮面浪人と社会人経験受験の違い
2006年7月13日ダイアリーをはじめてから、
再受験の方の日記を読む機会が増えました。
自分の経験したことのない経験や、
自分に足りない視点や様々な価値観
を色々知ることができて有意義だと思いました。
仮面浪人と社会人経験を経ての
受験では随分違うものなのでしょう。
僕の場合ですが、ブランクをあけずに、
純粋受験生の気持ちをひきずったまま、
大学に入ってすぐに仮面浪人を開始して、
そのまま受験勉強を続けていました。
社会人経験の人が受験するのでは、
ブランクがある分おそらく、
ある意味で新鮮な気持ちで
勉強ができる部分はあると思います。
過去の学生生活だって、しっかりと送って、
積み上げてきたものもあると思います。
そういった点に関してはそれなりの自信を
お持ちの方も多いことでしょう。
その自信が勉強することの原動力と
なっていることもあるでしょうし、
経験を積んでいる分、色々と見えたり気づいたり
することも、たくさんあるんだと思います。
僕の場合、仮面浪人開始時期が
大学1年の4月であり、
純粋受験生の垢がまるで落ちていなくて、
さらに、純粋受験生の頃、
当たり前に思っていたことが
仮面により全然当たり前でなくなり、
そういった状況にも、全然慣れていないかったため
純粋受験生よりも相当に不利な状況に
追い込まれていくのを実感しました。
純粋な大学1年生ってどういうものか、
僕にはわからないのです。
大学1年の頃は気楽だったとか、楽しかったとか、
そういう話はよく聞きますけど、僕にはそれが
どういうものなのか、わからないのですよ。
このまま一生分からないのかもしれないですね(汗)
仮面浪人をしていて、無理矢理時間を作って
勉強していたので学力は随分上がりました。
それでも最終的に成功しなくては、仕方がない。
そして、仮面には、留年などによる金銭的な損害や、
仮面失敗による退学の危険が常につきまといます。
大学1年の頃から、
常にそんなことばかり考えてばかりいたら
そりゃ、身も心も細っていきます(汗)
大学1年当時、同級生を見ては
「楽しそうでいいなあ…」
と思ったこともあるんですが、
今改めて考えると、そうとばかりも
言えないような気もするのです。
仮面ばかりしていると、他の学生の様子を
あまり知ることはできません。
仮面を辞めてから、その様子も色々も見えてきて
「みんな、それなりに大変なんだな…」
と思い始めて、その様子も具体的に分かってきました。
生きている限り、何かしらの悩みが尽きることはありません。
成功を収めても、それは一時的なものであり、
そこから先も、一時の成功は過去のものとなり、
かつての悩みと同じくらいの悩み、
もしくはそれ以上の悩みに突き当たるのだと思います。
仮面浪人さえ終われば…
と考えていた過去の自分がどれだけ
浅はかだったかを、後から思い知ったのです。
失敗したとしても、何から何まで無駄なわけではなかった
と今なら思うことができるのです。
これは、すぐにわかることではないのでしょう。
時間もかかると思いますが
失敗してからの、様々な経験や+αの経験が混ざることによって
そういうように思えるようになるのかもしれません。
一時的な失敗を「完全な失敗」
と称してもいいのかどうか…難しいですよね。
再受験の方の日記を読む機会が増えました。
自分の経験したことのない経験や、
自分に足りない視点や様々な価値観
を色々知ることができて有意義だと思いました。
仮面浪人と社会人経験を経ての
受験では随分違うものなのでしょう。
僕の場合ですが、ブランクをあけずに、
純粋受験生の気持ちをひきずったまま、
大学に入ってすぐに仮面浪人を開始して、
そのまま受験勉強を続けていました。
社会人経験の人が受験するのでは、
ブランクがある分おそらく、
ある意味で新鮮な気持ちで
勉強ができる部分はあると思います。
過去の学生生活だって、しっかりと送って、
積み上げてきたものもあると思います。
そういった点に関してはそれなりの自信を
お持ちの方も多いことでしょう。
その自信が勉強することの原動力と
なっていることもあるでしょうし、
経験を積んでいる分、色々と見えたり気づいたり
することも、たくさんあるんだと思います。
僕の場合、仮面浪人開始時期が
大学1年の4月であり、
純粋受験生の垢がまるで落ちていなくて、
さらに、純粋受験生の頃、
当たり前に思っていたことが
仮面により全然当たり前でなくなり、
そういった状況にも、全然慣れていないかったため
純粋受験生よりも相当に不利な状況に
追い込まれていくのを実感しました。
純粋な大学1年生ってどういうものか、
僕にはわからないのです。
大学1年の頃は気楽だったとか、楽しかったとか、
そういう話はよく聞きますけど、僕にはそれが
どういうものなのか、わからないのですよ。
このまま一生分からないのかもしれないですね(汗)
仮面浪人をしていて、無理矢理時間を作って
勉強していたので学力は随分上がりました。
それでも最終的に成功しなくては、仕方がない。
そして、仮面には、留年などによる金銭的な損害や、
仮面失敗による退学の危険が常につきまといます。
大学1年の頃から、
常にそんなことばかり考えてばかりいたら
そりゃ、身も心も細っていきます(汗)
大学1年当時、同級生を見ては
「楽しそうでいいなあ…」
と思ったこともあるんですが、
今改めて考えると、そうとばかりも
言えないような気もするのです。
仮面ばかりしていると、他の学生の様子を
あまり知ることはできません。
仮面を辞めてから、その様子も色々も見えてきて
「みんな、それなりに大変なんだな…」
と思い始めて、その様子も具体的に分かってきました。
生きている限り、何かしらの悩みが尽きることはありません。
成功を収めても、それは一時的なものであり、
そこから先も、一時の成功は過去のものとなり、
かつての悩みと同じくらいの悩み、
もしくはそれ以上の悩みに突き当たるのだと思います。
仮面浪人さえ終われば…
と考えていた過去の自分がどれだけ
浅はかだったかを、後から思い知ったのです。
失敗したとしても、何から何まで無駄なわけではなかった
と今なら思うことができるのです。
これは、すぐにわかることではないのでしょう。
時間もかかると思いますが
失敗してからの、様々な経験や+αの経験が混ざることによって
そういうように思えるようになるのかもしれません。
一時的な失敗を「完全な失敗」
と称してもいいのかどうか…難しいですよね。
男はメカが大好きなんだ!
2006年7月13日僕は勉強面においては、まるっきり文系人間です。
模試の数学は一度も偏差値60いったことはありません。
でも趣味でやることの理系的なこと、
工業的な部分は結構好きです。
実はここ以外で、自分のHPを持っていて、
そこはかなりヘンな仕様で作ってあり、
管理ページには、怪しげなCGIを拾ってきては、
中途半端に加工したりして
遊んだ跡のようなものが残っています。
そういう処理能力に関しては
本職のSEには全然適いませんが(汗)
知識も100%独学なので
雑だし、うろ覚えのとこはかなり多いです(汗)
ロボットアニメや戦争アニメとか大好きだし
楽器を分解しては改造して、
変な音が出るように分解したり
なんていうかそういうのが好きなのです。
今、車の免許を取りにいってるとこですけど
免許取ったら、車のデザインとか機械的な
とこには、かなりはまりそうです。
webクリエイターとかデザインのことをしてる友達の話とか
たまに聞く機会があるんですけど、すっげー面白いと感じます。
模試の数学は一度も偏差値60いったことはありません。
でも趣味でやることの理系的なこと、
工業的な部分は結構好きです。
実はここ以外で、自分のHPを持っていて、
そこはかなりヘンな仕様で作ってあり、
管理ページには、怪しげなCGIを拾ってきては、
中途半端に加工したりして
遊んだ跡のようなものが残っています。
そういう処理能力に関しては
本職のSEには全然適いませんが(汗)
知識も100%独学なので
雑だし、うろ覚えのとこはかなり多いです(汗)
ロボットアニメや戦争アニメとか大好きだし
楽器を分解しては改造して、
変な音が出るように分解したり
なんていうかそういうのが好きなのです。
今、車の免許を取りにいってるとこですけど
免許取ったら、車のデザインとか機械的な
とこには、かなりはまりそうです。
webクリエイターとかデザインのことをしてる友達の話とか
たまに聞く機会があるんですけど、すっげー面白いと感じます。
大学のサークル
2006年7月13日大学の時、一応サークルに入っていました。
軽音サークルです。
サークルによって、千差万別でしょうけど
軽音サークルって社会的に駄目(?)な人が
集まりやすいんだそうです(言い切るなw)
同じ音楽サークルでもクラシックとかは
そんなことないみたいですね。
真面目な人がすごく多いと聞きます。
僕の居た軽音サークルも社会的には
駄目(?)な人がたくさんいました(だから言い切るなってw)
就職していく人もあんまりいないですし、
留年率が60%とか、そんな年度もあったみたいですし、
僕も理由は違えど、結果的にその例に漏れてないですし(汗)
ともあれ、僕も人のこたーどーこー言えませんw
でも、愛すべき人たちがたくさんいたんですよ。
そんな人たちを社会的にどーのこーのっていう観点から
捉えることは僕はできないですし、またしたくもありません。
僕にとっては大切な仲間であって、要はそれだけです。
サークルに居たとはいえ、
大学1〜2年の時は、幽霊部員で、大学3年の途中から
頻繁に顔を出すようになりました。
同期からは
「どういう風の吹き回しなの?」
みたいに突っ込まれ、後輩からは
「誰でしたっけ?」
と突っ込まれましたが、
まあ、しょうがないってやつです。
仮面してたんですから
頻繁にサークルに、顔を出すようになったのは
仮面が祟り、単位が取れなくて、嫌でも大学に
拘束されざるをえなくなったからです。
命を懸けて挑んだ仮面がことごとく
失敗したりしたもんですから
反社会的精神(子供っぽいなあ…)
みたいな気持ちも多少はでてきていました。
だが、それをどこにぶつけるか?
僕の場合はバンドでした。
大学3年の途中から4年の途中までの約1年
実はバンド活動に夢中になっていました。
ところで「ロックンロール」という言葉に
明確な定義はありませんが
敢えて言うなら、フラストレーション、
衝動、怒り、ジレンマ、そんな抽象的な
感情の集合体みたいなもんです。
その頃、授業に出て単位もとって、バイトもして
バンド活動なんてのもやってましたから、
まあ、充実していたと思います。
男3人で集まって、よくしゃべってました。
「オレ、マクドナルドになりたい。」
「オレはケンタッキーになりたいな。」
「アメリカンドリームだね。いいね。」
こんな意味不明な会話を繰り広げていました。
でもそういうところから
曲作りのアイデアなんかが出てくるもんです。
でも、売れそうな曲なんてのは作れるわけもありませんw
要は自己満足です。売れるつもりがないのであればw
売れるために、作り変えられ、
自分たちのカラーが塗り替えられるなんて、
そんなのは虫唾が走る。
…生意気ですね(汗)
でも本音はそうなんですよ(汗)
サークルにしょっちゅう顔を出すようになりましたから
色んな人と仲良くなっていきました。
大学3年の時が大学生活の中で一番楽しかったです。
ところで、バンド活動をして思ったことがありました。
ロックンロールスターになるより、
受験のほうがよっぽど簡単なんだな
ってことです。
バンドは趣味の範疇に止めましたが
本職にしてしまうと、それはそれは物凄い修羅場が
待っています。その中で生き残るのは
むっちゃくちゃ大変だし、受験以上の運が必要なんですよ。
ヴァン・ヘイレンとかレニー・クラヴィッツとか、
ギャラガー兄弟とか、そんな人はほんの一握りです。
死んじゃって伝説になるような人もいますよね。
尾崎豊とか、ジミヘンドリックスとか、カート・コバーンとか。
でも死んじゃって伝説になっても全然嬉しくないしw
なんかそういう世界なんです。
馬鹿なことばかり書いてごめんなさいw
自己実現も、楽しくやれるにこしたことはないですよね。
色んな過程を楽しみ、苦しみ、
いずれ、最後の最後で、納得できる日が来ればいいと思います。
軽音サークルです。
サークルによって、千差万別でしょうけど
軽音サークルって社会的に駄目(?)な人が
集まりやすいんだそうです(言い切るなw)
同じ音楽サークルでもクラシックとかは
そんなことないみたいですね。
真面目な人がすごく多いと聞きます。
僕の居た軽音サークルも社会的には
駄目(?)な人がたくさんいました(だから言い切るなってw)
就職していく人もあんまりいないですし、
留年率が60%とか、そんな年度もあったみたいですし、
僕も理由は違えど、結果的にその例に漏れてないですし(汗)
ともあれ、僕も人のこたーどーこー言えませんw
でも、愛すべき人たちがたくさんいたんですよ。
そんな人たちを社会的にどーのこーのっていう観点から
捉えることは僕はできないですし、またしたくもありません。
僕にとっては大切な仲間であって、要はそれだけです。
サークルに居たとはいえ、
大学1〜2年の時は、幽霊部員で、大学3年の途中から
頻繁に顔を出すようになりました。
同期からは
「どういう風の吹き回しなの?」
みたいに突っ込まれ、後輩からは
「誰でしたっけ?」
と突っ込まれましたが、
まあ、しょうがないってやつです。
仮面してたんですから
頻繁にサークルに、顔を出すようになったのは
仮面が祟り、単位が取れなくて、嫌でも大学に
拘束されざるをえなくなったからです。
命を懸けて挑んだ仮面がことごとく
失敗したりしたもんですから
反社会的精神(子供っぽいなあ…)
みたいな気持ちも多少はでてきていました。
だが、それをどこにぶつけるか?
僕の場合はバンドでした。
大学3年の途中から4年の途中までの約1年
実はバンド活動に夢中になっていました。
ところで「ロックンロール」という言葉に
明確な定義はありませんが
敢えて言うなら、フラストレーション、
衝動、怒り、ジレンマ、そんな抽象的な
感情の集合体みたいなもんです。
その頃、授業に出て単位もとって、バイトもして
バンド活動なんてのもやってましたから、
まあ、充実していたと思います。
男3人で集まって、よくしゃべってました。
「オレ、マクドナルドになりたい。」
「オレはケンタッキーになりたいな。」
「アメリカンドリームだね。いいね。」
こんな意味不明な会話を繰り広げていました。
でもそういうところから
曲作りのアイデアなんかが出てくるもんです。
でも、売れそうな曲なんてのは作れるわけもありませんw
要は自己満足です。売れるつもりがないのであればw
売れるために、作り変えられ、
自分たちのカラーが塗り替えられるなんて、
そんなのは虫唾が走る。
…生意気ですね(汗)
でも本音はそうなんですよ(汗)
サークルにしょっちゅう顔を出すようになりましたから
色んな人と仲良くなっていきました。
大学3年の時が大学生活の中で一番楽しかったです。
ところで、バンド活動をして思ったことがありました。
ロックンロールスターになるより、
受験のほうがよっぽど簡単なんだな
ってことです。
バンドは趣味の範疇に止めましたが
本職にしてしまうと、それはそれは物凄い修羅場が
待っています。その中で生き残るのは
むっちゃくちゃ大変だし、受験以上の運が必要なんですよ。
ヴァン・ヘイレンとかレニー・クラヴィッツとか、
ギャラガー兄弟とか、そんな人はほんの一握りです。
死んじゃって伝説になるような人もいますよね。
尾崎豊とか、ジミヘンドリックスとか、カート・コバーンとか。
でも死んじゃって伝説になっても全然嬉しくないしw
なんかそういう世界なんです。
馬鹿なことばかり書いてごめんなさいw
自己実現も、楽しくやれるにこしたことはないですよね。
色んな過程を楽しみ、苦しみ、
いずれ、最後の最後で、納得できる日が来ればいいと思います。
地元の友人
2006年7月13日僕には、腹を割って話せる地元の友人が何人かいます。
お互い、たくさんのことを共有し、
かけがえの無い、信頼できる友達です。
彼らも今では社会人。
彼らは10代の頃から、今まで、
楽しいことも苦しいこともわかちあってきた
心を許すことができる数少ない地元の友人たちです。
そんな友人たちと、時々話すことがあります。
<ある地元の友人との会話>
果たして目標を持ってやりたいことがやれている人間が
この世の中にどれだけいることか。
今のお前は、今、再起できるかどうか別として、
やりたいことを持っている。
で、そのための頑張り方も「一応は」分かっている。
そして失敗はしているものの
曲がりなりにも現実可能圏内にまで
持っていくことは出来た。
でも、その一方で、やりたいことすら見つからず、
自分のための頑張り方そのものすら、何もわからない
人間てのもたくさんいるんだぜ?
まだお前は全然いいほうだよ。
<別の地元の友人との会話>
この期に及んでしぶとく受験…!?
何がお前をそうさせるんだよ?
オレには全然わからないよ。
オレは早く安定したい。
結婚して家庭を持って子供が欲しい。
もう危ない冒険とかしたくない。
…でもお前が困ったときは、助けになるぞ…!
彼らには話をきいてもらって本当に本当に申し訳ない、
と共に、すごくすごく感謝している。
彼らと話していると心に栄養が通いだす。
そういう友達は人生に絶対に必要なんだなって思います。
お互い、たくさんのことを共有し、
かけがえの無い、信頼できる友達です。
彼らも今では社会人。
彼らは10代の頃から、今まで、
楽しいことも苦しいこともわかちあってきた
心を許すことができる数少ない地元の友人たちです。
そんな友人たちと、時々話すことがあります。
<ある地元の友人との会話>
果たして目標を持ってやりたいことがやれている人間が
この世の中にどれだけいることか。
今のお前は、今、再起できるかどうか別として、
やりたいことを持っている。
で、そのための頑張り方も「一応は」分かっている。
そして失敗はしているものの
曲がりなりにも現実可能圏内にまで
持っていくことは出来た。
でも、その一方で、やりたいことすら見つからず、
自分のための頑張り方そのものすら、何もわからない
人間てのもたくさんいるんだぜ?
まだお前は全然いいほうだよ。
<別の地元の友人との会話>
この期に及んでしぶとく受験…!?
何がお前をそうさせるんだよ?
オレには全然わからないよ。
オレは早く安定したい。
結婚して家庭を持って子供が欲しい。
もう危ない冒険とかしたくない。
…でもお前が困ったときは、助けになるぞ…!
彼らには話をきいてもらって本当に本当に申し訳ない、
と共に、すごくすごく感謝している。
彼らと話していると心に栄養が通いだす。
そういう友達は人生に絶対に必要なんだなって思います。
占い師の先輩
2006年7月13日僕には、タロットの占い師の先輩(Hさんと言います)
がいます。大学にいた頃、時々訪れ、
色んな人を占っていました。
どうやら、才能や霊感に恵まれたらしく、
信憑性は、なかなかあるみたいです。
本人いわく今年で102×才だそうで、
紫式部と面識があるとか言っています(笑)
魔法使いのような格好をしているので
Hさんと同期の人はHさんのことを
冷やかし半分で「魔族」と称していました。
…って魔族はヒドイな(汗)
国文科の先輩で、国文科なのに西洋占術なのか…?
と瑣末なことを思いましたが、
ま、細かいことはいいっこなしで。
占い師の先輩、
ピタリピタリと過去を言い当てていきます。
家族のこと。
中学や高校のときのこと。
けど、正確に言うと、100%自分の力だけで
言い当てていくことはできないようで
依頼者の話を訊きながら、
タロットカードとパワーストーンと
本人様が称している石で、分析していくのです。
先輩のことを知っている
女子生徒は、その先輩がくるやいなや
「Hさん占ってくださ〜い」
と、その先輩のところに殺到していました。
僕が、その先輩のことを知ったのは大学3年の頃ですが
最初、その先輩のことを半信半疑に思っていました。
占いか…アテになるんんだろうか…と。
今だからこそ、思うのですが
この先輩、占い師としても、人間としても
とてもよく出来た人です。
甘いこと、気休め的なことを言う人ではありません。
コメントは相当からいです。
「占い依存症には絶対になるな」
と普段から言ってましたし(笑)
最初、その先輩の信憑性を確かめるために
探りを入れたんですが、
ピタリピタリと当てられていく…(汗)
今まで何回か占っていただいたことがあるんですが、
まあ、今まで占ってもらったことはどんなことかというと…
1:僕が大学を4年で卒業できるかどうか。
2:当時好きな人がいたので、それについて。
そして、ずっと後になって、
3:この先いつになるかわからないが、
仮に受験したとして、その先に栄光はあるかどうか。
同じ大学の人に仮面のことは、言わないことにしていますが
この場合は例外として、敢えて言いました。
?について、言われたことが、
「大学でやっている勉強については、
これ以降、君はますます興味をなくしていくだろう。
今の限りでは、なぜ今、
君が大学の勉強に興味を持てないのかは、
私にはわからないが、単位も絶望的で、
大学の勉強の興味もどんどん失せていく…
これだけは確かだが、それゆえに、
4年で卒業できない理由はかなり高いだろうから
今のうちからそれなりに覚悟はしておけよ…!」
?については、絶望的なことを言われてしまいました。
その後、先輩の分析から外れない結果となりました(汗)
?については
「君の10代後半から20代前半のつい最近まで、
怨念の炎の焦げ跡のようなものが、
かなりはっきりと見えるんだよ。
普段、物凄い精神力で封印しているが、
それゆえに凄まじく、深く突っ込むと私まで、
このエネルギーに飲み込まれそうになる。
このことが、大学での勉強に興味がもてない原因
とすごく関係していそうに、私には見えるんだが…」
−そこで仮面をしていたことを説明すると…−
「なるほどな…でも、次の挑戦こそ成功することができるよ。
これまでの失敗を繰り返すことはないだろうし、
経験だって積んでいる。次に挑むとしたら
仮面浪人というリスクもあるわけではない。
そこのところは自信を持っておけよ!」
いやあ、面白い人だったなあ。
ってこれからも、たまにお会いするんだろうけど。
元気でいらっしゃるだろうか。。
がいます。大学にいた頃、時々訪れ、
色んな人を占っていました。
どうやら、才能や霊感に恵まれたらしく、
信憑性は、なかなかあるみたいです。
本人いわく今年で102×才だそうで、
紫式部と面識があるとか言っています(笑)
魔法使いのような格好をしているので
Hさんと同期の人はHさんのことを
冷やかし半分で「魔族」と称していました。
…って魔族はヒドイな(汗)
国文科の先輩で、国文科なのに西洋占術なのか…?
と瑣末なことを思いましたが、
ま、細かいことはいいっこなしで。
占い師の先輩、
ピタリピタリと過去を言い当てていきます。
家族のこと。
中学や高校のときのこと。
けど、正確に言うと、100%自分の力だけで
言い当てていくことはできないようで
依頼者の話を訊きながら、
タロットカードとパワーストーンと
本人様が称している石で、分析していくのです。
先輩のことを知っている
女子生徒は、その先輩がくるやいなや
「Hさん占ってくださ〜い」
と、その先輩のところに殺到していました。
僕が、その先輩のことを知ったのは大学3年の頃ですが
最初、その先輩のことを半信半疑に思っていました。
占いか…アテになるんんだろうか…と。
今だからこそ、思うのですが
この先輩、占い師としても、人間としても
とてもよく出来た人です。
甘いこと、気休め的なことを言う人ではありません。
コメントは相当からいです。
「占い依存症には絶対になるな」
と普段から言ってましたし(笑)
最初、その先輩の信憑性を確かめるために
探りを入れたんですが、
ピタリピタリと当てられていく…(汗)
今まで何回か占っていただいたことがあるんですが、
まあ、今まで占ってもらったことはどんなことかというと…
1:僕が大学を4年で卒業できるかどうか。
2:当時好きな人がいたので、それについて。
そして、ずっと後になって、
3:この先いつになるかわからないが、
仮に受験したとして、その先に栄光はあるかどうか。
同じ大学の人に仮面のことは、言わないことにしていますが
この場合は例外として、敢えて言いました。
?について、言われたことが、
「大学でやっている勉強については、
これ以降、君はますます興味をなくしていくだろう。
今の限りでは、なぜ今、
君が大学の勉強に興味を持てないのかは、
私にはわからないが、単位も絶望的で、
大学の勉強の興味もどんどん失せていく…
これだけは確かだが、それゆえに、
4年で卒業できない理由はかなり高いだろうから
今のうちからそれなりに覚悟はしておけよ…!」
?については、絶望的なことを言われてしまいました。
その後、先輩の分析から外れない結果となりました(汗)
?については
「君の10代後半から20代前半のつい最近まで、
怨念の炎の焦げ跡のようなものが、
かなりはっきりと見えるんだよ。
普段、物凄い精神力で封印しているが、
それゆえに凄まじく、深く突っ込むと私まで、
このエネルギーに飲み込まれそうになる。
このことが、大学での勉強に興味がもてない原因
とすごく関係していそうに、私には見えるんだが…」
−そこで仮面をしていたことを説明すると…−
「なるほどな…でも、次の挑戦こそ成功することができるよ。
これまでの失敗を繰り返すことはないだろうし、
経験だって積んでいる。次に挑むとしたら
仮面浪人というリスクもあるわけではない。
そこのところは自信を持っておけよ!」
いやあ、面白い人だったなあ。
ってこれからも、たまにお会いするんだろうけど。
元気でいらっしゃるだろうか。。
車の教習所
2006年7月12日実は今頃になって車の教習所行ってます。
本当ならこういうのって、学生の時にやっておくのが
一番いいんですけどね。
出来なかったことは仕方が無いってことで(汗)
車校は、仮面の時に貯金した
最後の貯金で、通い始めました。
今月から2段階目で、今日はじめて路上に出ました。
路上ってマジ怖ぇ〜!!
とか思いながら運転してたんですが、
事故ったら、仮免許停止ですからね。
結構プレッシャーあります(汗)
教習所って行ってると、
無駄な待機時間が多くて意外と拘束されますね。
うまくやりくりしないと、他のことができません。
仮面していた頃、いくつものことを小刻みに平行して、
やることが習慣化していたんで、
1つのことに絞ってやるっていうことが
できなくなってるってのを感じます(汗)
これも仮面の後遺症なんでしょうか。
もう「勉強だけする」っていう生活が、
できなくなってしまってる気がします。
かといってそんなに遊びたいわけでもなく。
「勉強するだけ」とか「遊ぶだけ」
っていうのって、なんていうか、
時間がもったいなく感じてしまう。
娯楽もそればかりに興じていると、
麻薬のようになってしまって感覚が
麻痺してしまうことはあるでしょう。
たまに、娯楽に興じるから楽しいのであって、
まともな感覚であるならば、娯楽にばかり興じて
楽しいとは思えないでしょう。
勉強しなきゃいけないっていう場合、
「それだけに絞ってやる」っていうのが
一番いいんでしょうけどね。
何か生産に結びつくようなことをしながら
勉強もしていないと落ち着かない。
こんな感覚になってしまっている気がしています。
本当ならこういうのって、学生の時にやっておくのが
一番いいんですけどね。
出来なかったことは仕方が無いってことで(汗)
車校は、仮面の時に貯金した
最後の貯金で、通い始めました。
今月から2段階目で、今日はじめて路上に出ました。
路上ってマジ怖ぇ〜!!
とか思いながら運転してたんですが、
事故ったら、仮免許停止ですからね。
結構プレッシャーあります(汗)
教習所って行ってると、
無駄な待機時間が多くて意外と拘束されますね。
うまくやりくりしないと、他のことができません。
仮面していた頃、いくつものことを小刻みに平行して、
やることが習慣化していたんで、
1つのことに絞ってやるっていうことが
できなくなってるってのを感じます(汗)
これも仮面の後遺症なんでしょうか。
もう「勉強だけする」っていう生活が、
できなくなってしまってる気がします。
かといってそんなに遊びたいわけでもなく。
「勉強するだけ」とか「遊ぶだけ」
っていうのって、なんていうか、
時間がもったいなく感じてしまう。
娯楽もそればかりに興じていると、
麻薬のようになってしまって感覚が
麻痺してしまうことはあるでしょう。
たまに、娯楽に興じるから楽しいのであって、
まともな感覚であるならば、娯楽にばかり興じて
楽しいとは思えないでしょう。
勉強しなきゃいけないっていう場合、
「それだけに絞ってやる」っていうのが
一番いいんでしょうけどね。
何か生産に結びつくようなことをしながら
勉強もしていないと落ち着かない。
こんな感覚になってしまっている気がしています。
仮面時の生活サイクル
2006年7月12日コメント (2)「今、かつて仮面浪人をしていたことを
振り返って、どう思うか?」
と尋ねられることがあるとするなら、
なんと答えてよいのか非常に迷うところです。
「仮面をやって良かったとは言えないが、その一方で
悪かったとも言えない。仮面経験に苦しめられてもいるし、
助けられてもいる気がする。」
今ならこのように答えると思います。
腕力や体力などの肉体面や、精神力は
仮面浪人の時の経験で相当に鍛えられた気がします。
仮面時代、入学金と1年分の授業料まで
貯金することを目標としました。
その結果
大学(内職&授業)→図書館や勉強のできる店で受験勉強&食事(自宅が近くなかったため)→徹夜の肉体労働→大学で爆睡→通常のバイト→寝るまで受験勉強。
といった生活サイクルが、
延々と繰り返されることになりました。
仮面をしていて一番最悪だった時期は、
年明けからのセンター、テスト期間から二次試験まで。
この時期は大学と受験直前の恐怖の二重殺奏です。
年明けからの2ヶ月は仮面にとっては死の二か月です。
僕の場合、ペースをだいぶ落としていたとはいえ、
年明けからもバイトを続けていました。
ごくたまに、大学もバイトもない日もありましたが、
その時に40時間寝ていたこともありました。
過酷なスケジュール、恐怖感や不安感や絶望感、
孤独感、仮面をしていることの罪悪感や
背徳感に襲われて体重はみるみる、落ちていきました。
おそらく仮面は、個々の場合で
もちろんケースバイケースな部分はあるでしょうけど、
一般的には純粋に浪人するより辛いかもしれません。
しょっちゅう自分の中で矛盾に陥り、
常に何を優先するかで 悩むことになる。
社会人をやりながら、受験するとかなんて、
もう、自分自身の想像を超えている気がします。
それでも、極限状態に絶え続けながら、
続けていくことは、結果はどうであっても後々、
無駄なものには、なりえないものだと思います。
今はそのことをわかることができなくても、
いつか納得できる日がくるのかもしれません。
僕自身いまだに、そのことに対して、
結論が得られずその結論を得るために、
日々の手探りの中で模索中です。
振り返って、どう思うか?」
と尋ねられることがあるとするなら、
なんと答えてよいのか非常に迷うところです。
「仮面をやって良かったとは言えないが、その一方で
悪かったとも言えない。仮面経験に苦しめられてもいるし、
助けられてもいる気がする。」
今ならこのように答えると思います。
腕力や体力などの肉体面や、精神力は
仮面浪人の時の経験で相当に鍛えられた気がします。
仮面時代、入学金と1年分の授業料まで
貯金することを目標としました。
その結果
大学(内職&授業)→図書館や勉強のできる店で受験勉強&食事(自宅が近くなかったため)→徹夜の肉体労働→大学で爆睡→通常のバイト→寝るまで受験勉強。
といった生活サイクルが、
延々と繰り返されることになりました。
仮面をしていて一番最悪だった時期は、
年明けからのセンター、テスト期間から二次試験まで。
この時期は大学と受験直前の恐怖の二重殺奏です。
年明けからの2ヶ月は仮面にとっては死の二か月です。
僕の場合、ペースをだいぶ落としていたとはいえ、
年明けからもバイトを続けていました。
ごくたまに、大学もバイトもない日もありましたが、
その時に40時間寝ていたこともありました。
過酷なスケジュール、恐怖感や不安感や絶望感、
孤独感、仮面をしていることの罪悪感や
背徳感に襲われて体重はみるみる、落ちていきました。
おそらく仮面は、個々の場合で
もちろんケースバイケースな部分はあるでしょうけど、
一般的には純粋に浪人するより辛いかもしれません。
しょっちゅう自分の中で矛盾に陥り、
常に何を優先するかで 悩むことになる。
社会人をやりながら、受験するとかなんて、
もう、自分自身の想像を超えている気がします。
それでも、極限状態に絶え続けながら、
続けていくことは、結果はどうであっても後々、
無駄なものには、なりえないものだと思います。
今はそのことをわかることができなくても、
いつか納得できる日がくるのかもしれません。
僕自身いまだに、そのことに対して、
結論が得られずその結論を得るために、
日々の手探りの中で模索中です。
diarynote
2006年7月12日実は、このダイアリーが初めての日記ではなくて
以前別のブログで日記をつけていたことがあります。
ダイアリーを使い始めて、
色々気が付いたことがあるんですけど、
ダイアリーって他のブログとは少し違うみたいですね。
「公開型交換日記」っていう感じがしました。
実際に使ってみるまでわかんなかったです。
1つ、思ったこととして、誰某さんに対して
「秘密の日記です」
っていう表示が公開される。
なんかこういうのって、僕がこういうのに
慣れていないせいなのかもしれませんが
少し調子狂いますね(汗)
そういう仕様だから仕方ないんでしょうけど、
なんていうか、どこか融通が利かない
仕様になっている気がするのは僕だけでしょうか??
mixiなんかだと、コマンドに
「誰某さんに対してメッセージを送る」
っていうのがありますけど、
メッセージを送った履歴を確認できるのは
送った人と、メッセージを受け取った人だけ。
こういう仕様のほうが自然な気がします。
まあ、ダイアリーはmixiのような
ソーシャルネットワークとは違いますし
使用目的も人それぞれでしょうから、
ダイアリーが適しているという人もいるのかもしれません。
日記を書くのも色んなスペースがあって、
使い方も微妙に違わせて、
バリエーションを増やすのも一つの方法だと思います。
まあ、今の世の中、複雑ですし、日記の書き方にも
バリエーションを増やすのもありなのかもしれませんね。
以前別のブログで日記をつけていたことがあります。
ダイアリーを使い始めて、
色々気が付いたことがあるんですけど、
ダイアリーって他のブログとは少し違うみたいですね。
「公開型交換日記」っていう感じがしました。
実際に使ってみるまでわかんなかったです。
1つ、思ったこととして、誰某さんに対して
「秘密の日記です」
っていう表示が公開される。
なんかこういうのって、僕がこういうのに
慣れていないせいなのかもしれませんが
少し調子狂いますね(汗)
そういう仕様だから仕方ないんでしょうけど、
なんていうか、どこか融通が利かない
仕様になっている気がするのは僕だけでしょうか??
mixiなんかだと、コマンドに
「誰某さんに対してメッセージを送る」
っていうのがありますけど、
メッセージを送った履歴を確認できるのは
送った人と、メッセージを受け取った人だけ。
こういう仕様のほうが自然な気がします。
まあ、ダイアリーはmixiのような
ソーシャルネットワークとは違いますし
使用目的も人それぞれでしょうから、
ダイアリーが適しているという人もいるのかもしれません。
日記を書くのも色んなスペースがあって、
使い方も微妙に違わせて、
バリエーションを増やすのも一つの方法だと思います。
まあ、今の世の中、複雑ですし、日記の書き方にも
バリエーションを増やすのもありなのかもしれませんね。
予備校に通ったことがありません
2006年7月10日コメント (2)僕は予備校に通ったことがありません。
模試を受ける時に予備校に行ったことは何回もあるんですけど
予備校生になったことはないんです。
なので勉強も1人孤独にやり続けました。
一緒に目指せる仲間がいるっていいなあって思います。
Yゼミの○野の古文とか、受けてみたかったかも。
授業中に色々のたまわってくださって、
なんか面白いらしいですね(笑)
冗談はさておき、自分が理解できない科目の
独学は想像以上に効率が悪いです。
わからないところがあっても、
誰も訊ける人とかいないんですよ。
特に数学で、そのことを思いました。
自分が理解できるまで、何回も何回もやるしかなかったです。
最悪、理解できずに、放置するしかなかったところも
いくつもありました(死)
いつごろだったか、模試の申し込みするため
昼頃の予備校に行った時、予備校生が楽しそうに
語らっている風景をみたことがあります。
仲間がいるっていいなあ、と思った気がします。
今予備校に通ったら、すごい世代の差を感じてしまいそう(汗)
模試を受ける時に予備校に行ったことは何回もあるんですけど
予備校生になったことはないんです。
なので勉強も1人孤独にやり続けました。
一緒に目指せる仲間がいるっていいなあって思います。
Yゼミの○野の古文とか、受けてみたかったかも。
授業中に色々のたまわってくださって、
なんか面白いらしいですね(笑)
冗談はさておき、自分が理解できない科目の
独学は想像以上に効率が悪いです。
わからないところがあっても、
誰も訊ける人とかいないんですよ。
特に数学で、そのことを思いました。
自分が理解できるまで、何回も何回もやるしかなかったです。
最悪、理解できずに、放置するしかなかったところも
いくつもありました(死)
いつごろだったか、模試の申し込みするため
昼頃の予備校に行った時、予備校生が楽しそうに
語らっている風景をみたことがあります。
仲間がいるっていいなあ、と思った気がします。
今予備校に通ったら、すごい世代の差を感じてしまいそう(汗)